2019年08月30日

二十七  十字架を負って3−福音宣教

たとえその結果、命を失うとしても、彼らは福音を語り、宣べ伝えることを、止めることなどは、考えられなかったのでしょう。異邦人伝道に召されていたパウロが「私の同胞のためには、呪(のろ)われた者となることさえ願いたい」と言った同じスピリットを、彼らも持っていたのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする