2019年08月12日

二十五  十字架を負って1−人若し我に従はんと欲せば

私が西坂の丘に立って祈る時、いつもこのみ言葉は私の心に迫り語りかけてきます。確かに、御言葉には力があります。私たちが、この殉教者の丘に立って祈るとき、このみ言葉は静かに、しかし非常に強く、祈る者たちに迫ってくるのです。それはきっと、二十六聖人たちが、このみ言葉に生きて、証を立てたからなのでしょう。彼らの生涯は、まさに、このみ言葉の成就だったと言えるのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする