2019年08月04日

二十三  西坂の丘の上に立てられた26の十字架

さまざまな殉教
12歳の最年少のルドビゴ茨木は、やりを受けた時、「パライソ(天国)、パライソ(天国)」と言って、目を天に向けながら、殉教したのです。トマス小崎は、父のミカエル小崎とは、東と西に遠く離されて十字架にかけられていました。正確に言えば、トマス小崎は20番目の十字架にかけられており、父のミカエル小崎は4番目の十字架にかけられていたのです。しかし、この親子はほとんど同じころにやりを受けて殉教し、共に天国に召されていったのです。こうして、2人ずつ東西に分かれていた執行人が、中央であうころには、26人の処刑は終わろうとしていました。けれども、最後まで残された人がいました。それは、26人のリーダーだったペテロ・バプチスタ神父でした。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

二十三   西坂の丘に立てられた26の十字架 

執行人は2人ずつ、十字架から十字架へと、東と西の端から順番に、合図とともに突き刺して処刑をしていきました。勢い余って、やりの穂先が背中に出る者さえいました。ほとんどの殉教者たちは、やりで突き刺されると、鮮血とともに瞬時にして息が絶えました。しかし、まだ息が少しでもあり、不十分と思われた者は、のどを、もう一度ひとつきされ、とどめを刺されたのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする