2019年08月02日

二十五  十字架を負って1−人若し我に従はんと欲せば

すぐ従う心をもって
二十六聖人たちは、キリストのように受け取ったのです。しかも喜んで。それが彼らにできたのは、彼らが特別な「聖人」だったからなのでしょうか。私はそうではないと思います。二十六聖人が特別な聖人だったからできたとは、私には思えないのです。私は彼らを慕っています。その信仰にならいたいと願っています。とても彼らを尊敬しているのです。しかし、やはり二十六聖人たちも、私たちと同じように、弱さを持った罪びとだったのです。ただ、彼らは、主に従いたいと心から願っていました。彼らは、本当に主を愛していました。
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二十三  西坂の上に立てられた26の十字架  

「まことにまことに、あなた方に告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それはひと粒のままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます」(ヨハネの福音書12章24節)
西坂の丘の上に立てられた26本の十字架。最初に殉教したのは、日本に来て4カ月しかたっていなかった、弱冠24歳の青年フェリペでした。彼の支え木が、下に寄り過ぎていたため、全身の重みが鉄の首枷(かせ)にかかり、声も出せずに窒息しそうになっていたので、寺沢半三郎が、最初に処刑するように命じたのです。彼の処刑が終わると、半三郎は4人の執行人を呼びました。そして残された25人の処刑が始まりました。               
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする