2019年05月25日

十三  険しい峠ー俵坂峠

険しい峠
26人の殉教者たちもさすがに、これまでの長旅の疲れが出て来たようでした。もうまもなく殉教する長崎に入るという直前に、最も厳しいつらい道が待っていたのです。山本から彼杵までの道は、峠となっていました。それはそれは、とてもとても険しい峠道がつづくのです。この峠は、俵坂峠といいます。
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十三  険しい峠ー俵坂峠

その峠を歩いている間、ほとんど人とすれ違うことも、見かけることもなく、彼らは、ただひたすら黙々と静かに、その苦しい登り道を、歩いて進んでいったのおです。京都から歩きながら、説教をし続けていたパウロ三木も、通り過ぎる人もなく、険しい峠でただ息を切らしながら、説教もできずに黙々と歩き続けたのです。彼らにとって、この殉教への旅の中で最もつらく厳しい時でした。
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