2019年04月04日

五  選び2−「戻り橋」

しかし、キリシタン大名と親交のあった当時の京都奉行の石田三成が、秀吉に彼らの減刑を申し出、左の耳たぶを切るだけで許されました。1月3日、上京一条の辻に24人は連れ出され、そこで左の耳たぶをそがれます。実はこの時、彼らには、殉教から逃れることができる機会がありました。上京一条の辻に橋があります。その橋を渡る前に、役人たちは24人に向かって言いました。「もしここで、この橋を渡らずに、お前たちが信仰を捨てるなら、耳そぎはもちろん、処刑も免除される。そしてお前たちは全員、許されるのだ。でも、もしあくまで信仰を捨てないのなら、この橋を渡るその時、そこから、お前たちの死への旅が始まるのだぞ」そう言って彼らを脅したのです。しかし、彼らはその橋を渡りました。喜んで、その橋を渡ったのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする