2019年02月22日

四十四  浦上4番崩れ8−孤児院

孤児たちのための働き
子供を泣かすな」と言った弟の言葉を思い起こしながら マツやマキやほかの娘たちと相談して、孤児を育てることにしましたマキやマツたちは、孤児を養うことが天職と考えました。ド・ロ神父もこのことを聞くと、心の底から大喜びをして、フランスでの孤児院のやり方のまねて、具体的にいろいろと教え、経済的な助けもしました。マキたちの共同生活は、初めからただの休憩所ではありませんでしたが、こうしてやがて「十字会」と名付けられて淳修道会となります。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする