2019年02月21日

四十四  浦上四番崩れ8−孤児院

孤児のための働き
 守山マツは津和野に流されていた時、殉教していった弟の裕次郎が臨終する時に言い残していった言葉を忘れることがありませんでした。裕次郎は姉のマツに手当てをして貰いながら,兄の勘三郎のてを握って、最後に、こう言って天に帰ってきたいったのです。「おら、もうじき天主さまから召される如(ごと)ある。兄と姉は生き永らえて浦上に帰れるごと思われるばい。その時にはキリシタン法度の高札は取られ、大声で祈りができるに違いなか。浦上に帰れたら、一人は結婚してその子の一人ば神父様にしてくれろ、やっぱり教理をよう知っとらんと、信仰も弱かけん。子どもば泣かせなさんな。こどもばかわいがってくれよ・・・」
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする