2019年02月20日

四十四  浦上四番崩れ8−孤児院

孤児のための働き

天然痘の看護も収まって、浦上に帰ってきたマキの腕の中に、一人の赤ん坊が抱かれていました。名はタケと言います。天然痘で両親が死んだ孤児でした。それまで影の尾島にあった「孤児院」が閉鎖されたので連れてきたのです。孤児は、タケだけではありませんでした。当時、日本では各地で捨て子が多くいました。長崎でも相次ぐ災難で、孤児や捨て子は、次々に出ていました。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする