2019年02月04日

四十二  浦上四番崩れ6−信仰の自由

信仰の自由
 ちょうどそのような時、1871年12月24日に岩倉具視を全権大使とする一行がアメリカからヨーロッパ各国へ、不平等条約改正の交渉のために行きました欧米のどこの国でも、必ずキリシタン迫害の事が持ち出され、「キリシタンを迫害するとは野蛮国である」厳しく詰め寄られ、信仰の自由を条約に記すようにと、非常に強く迫られました。特にベルギーのブルッセルでは、市民たちが大使らの馬車に押し寄せて、浦上キリシタンの釈放を叫び、「流されている浦上キリシタンを牢から出せ」と言ってやめませんでした。
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四十二  浦上四番崩れ6−信仰の自由

信仰の自由
各地に流された浦上のキリシタンたちは、津和野と同じように激しい迫害の中で、主にすがり、聖霊さまの助けを受けながら耐え忍んでいました。彼らの頭にはキリストを信じる信仰を、命をかけても守ろうという思いしかなかったことでしょう。しかし、そのことは彼らの知らないところで「信仰の自由」という世界的な問題となっていたのです。日本は、この迫害のゆえに諸外国から抗議を受けていました。流されたキリシタンたちに対する拷問は、外国使節団の耳に入り、諸外国の新聞や雑誌で報道され、批判され、どこの国でも沸き返るような世論となっていました。
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