2019年02月03日

四十二  浦上四番崩れ6−信仰の自由

子供の単純な信仰
 ハライソへ行ける、というのがただひとつの望みであり、最も大きな喜びだったのです。子どもの信仰は、このような単純なものでした。しかし、単純だからこそ、余計に堅かったといえるでしょう。またある時は、肥えくみに来た近くの農民たちが、子どもを喜ばせようとして、無くセミを捕まえて子供たちのいる牢に投げ込むと、子供たちは大喜びでそれを捕まえると、鳴かせて楽しむどころか、そのまま口に入れて、ばりばりたべてしまうのです。 子どもたちは、そんなにも飢えていましたが、信仰に固くたっている母にくっついて信仰を守り通しました。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする