2019年01月19日

三十九  浦上四番崩れ3−回心戻し

浦上一村総流配

 しかし、それはあまりにひどすぎると、参与小松帯刀が、三条実美に意見を申し出たので、死刑にしないで全員流配することに決まりました。こうして神道国教主義をとった明治新政府は、キリストへの信仰を捨てない浦上のキリシタンたちを「一村総流罪(いっそんそうるざい)」にすることに決めました。この結果、浦上の信者3394人が金沢や名古屋、それに萩、津和野、鹿児島などの西日本の諸藩に流されるという大変な処分が、行われることになったのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする