2019年01月18日

三十九  浦上四番崩れ3−回心戻し

浦上一村総流罪

 5月17日、大阪の本願寺で処分に関する御前会議が開かれ、三条実美、木戸孝允、伊達宗城、井上馨に、長崎から呼び出された大隈重信が加わりました。御前会議では沢の処分案や 重信の意見も参考にされましたが、木戸の意見が用いられ中心人物を長崎で死刑にし、残りの三千余人を名古屋以西の十万石以上の諸藩に流配、大名に生殺与奪の権を与え、七年間は一口半の扶助米を支給しキリシタンの中心浦上を一掃することに定まりました。


posted by 日本教会史 at 18:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

三十九  浦上四番崩れ3−回心戻し

キリスト教邪教観

 「まだキリシタンを信仰しているというが相違ないか」「相違ございません」仙右衛門が答えます。「早速止めろ」「キリシタンを止めたいならとっくの昔にやめています。「皆の者、その通りか」「さようで、さようで」と異口同音に答えました。 信者たちの決心の堅さを見て、沢宣嘉は「中心人物は斬首(ざんしゅ)、その他の者は流罪にする」という浦上信者処分案を井上馨に持たせて京都にやり、政府の決裁をもとめました。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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