2018年12月21日

三十八  浦上四番崩れ2−高木仙右エ門

過酷な拷問
駿河問いという責め苦(「ドドイ」とも呼ばれる)を受けるため、6人が選ばれました。これは両足を背中に反らせて、両足首と両手首、それに首、胸にも縄をかけて、それを背中の一ヶ所にくくり寄せ、その綱を梁(はり)に巻き上げ、体を弓のように反らせて、つるすのです。コマにように勢いをつけて、振り回し、次によりを戻して逆に回転させます。そして下に立った役人が棒とむちで散々に打ちたたきます。するとほとんど気絶してしまいます。それから地面に引き下ろして水をかけ、正気に戻して繰り返すのです。水をかけると縄は、短く縮み、肉に食い入り、皮膚は紫色に変わります。そして、また気絶してしまいます。こうして6人は門口に引き出され、捨て物のように転がされました。
posted by 日本教会史 at 06:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする