2018年12月17日

三十七  浦上四番崩れー捕縛

しかし長崎奉行は、浦上の農民たちが囚人たちを奪い返しに来るかもしれないと思い、2日後には小島に新牢を作り、そこに移しました。そこから仙右エ門、与五郎、寅五郎、又市などは、取り調べのために、たびたび西役所に引き出されました。一方、キリシタンであるという信仰の問題だけで捕縛投獄されたことに在留外国人は衝撃を覚え、各国の領事は奉行に抗議しました。更に問題は幕府と各国外交団に移され、毎日のように議論されました。しかしキリシタン邪教観は強く、なかなか解決しませんでした。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする