2018年12月14日

三十七  浦上四番崩れ1−捕縛

 代わった明治新政府は、神道を中心に天皇政治を目指したため、キリシタンに対しては迫害の手を緩めるどころか、ますます激しくなりました。そのため、キリシタンへの迫害と弾圧は、外交上の問題となりました。 明治6年、すなわち1873年になって、やっとこの問題は解決し、キリストを信じることが認められたのです。しかしそのためには「浦上四番崩れ」と言われている、明治政府によるキリシタン弾圧の中での厳しい迫害と殉教を通過しなければならなかったのです。
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三十七  浦上四番崩れ1−捕縛

 「ワタシノムネ アナタトオナジ」この言葉をもって復活したキリシタンたちは、うれしくてうれしくてたまりません。それまで隠れ続け、待ち続けてきたキリシタンたちは、毎日のように天主堂に通い、熱心に祈り、み言葉を学びました。けれどもまだ、日本はキリスト教を禁止していました。その結果、浦上のキリシタンたちは、ついに捕らえられ、牢に入れられてしまいます。まず最初に、指導者の68人が捕まりました。そして、この問題を解決できぬまま、江戸幕府は倒れてしまうのです。
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