2018年12月12日

三十六  キリシタンの復活3−自葬問題

浦上四番崩れ

 しかし奉行は「これは純粋な内政問題なので外国の指図を受けるものではない。ことに200年来も守られてきたキリシタン禁教命令の法令を止めることは、幕府だけがすることで、地方の問題ではないから、どうか江戸幕府へ談判してほしい」とこたえました。その結果、この問題は江戸幕府と上記各国等による外交団との間に移され、外交団は毎日のように、この問題をもって幕府に迫りました。しかし徳川250年間の間に培われたキリシタン邪教観は根深くなかなか解決はしなかったのです。そして、キリシタン事件を解決できないまま、幕府は瓦解してしまうのです。
posted by 日本教会史 at 02:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする