2018年12月08日

三十六  キリシタンの復活3−自葬問題

浦上四番崩れ

 1867年7月15日の早朝3時ごろ、大雨をついて安藤弥之助の指揮する捕手たちが、数隊に分かれて浦上の秘密聖堂や主だった信者の家を襲い、踏み込みました。秘密聖堂は散々荒らされ、68人が捕らえられて桜町牢に入れられました。これが「浦上四番崩れ」と言われている大迫害の発端です。こうして浦上で、再び迫害が始まったのです。キリシタンであるという信仰の理由だけで、このような捕縛投獄が行われたことは、居留外国人たちに大きな衝動を与えました。そしてこの事件は、その日のうちに外交問題となりました。 その日(7月15日)の午前11時、プロシア領事が、翌16日にはフランス領事レックスが、その翌日17日は、ポルトガル領事ロレイロが奉行所を訪ね、抗議しました。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする