2018年09月13日

二十五  十字架を負って1−人もし我に従わんと欲せば

「人若(も)し我に従(したが)はんと欲(ほつ)せば、己(おのれ)を捨て、十字架をとりて我(われ)に従(したご)ふべし」(マルコ伝8章34節)

 日本二十六聖人が、殉教した西坂の丘に、今は、彼らのレリーフが立っています。レリーフには、26人の殉教者が並んで彫られています。そのレリーフのちょうど真ん中の下の部分に、7本の十字架と共に、このみ言葉が刻まれているのです。  私が西坂の丘にたって祈るとき、いつもこのみ言葉は私の心に迫り語りかけてきます。確かに、御言葉には力があります。私たちが、この殉教の丘に立って祈る時、このみ言葉は静かに,しかし非常に力強く、祈る者たちに迫ってくるのです。 それは、きっと、二十六聖人たちが、このみ言葉に生きて、証を立てたからなのでしょう。彼らの生涯は、まさに、このみ言葉の成就だったと言えるのです。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする