2018年09月04日

二十二  強いられた十字架ークレネ人シモンのように

クレネ人シモンのように

 フェリペは、主に愛されていました。 クレネ人シモンも、主に愛されていました。 主は、彼らの弱さも強さも、すべてを知っておられ、それぞれに最善の方法で現われ、導かれたのです。彼らにとって、強いられた十字架こそ、救いの完成への恵みの道だったのです。 フェリペは、今も天で、私たちのこの国、日本のためにとりなしていることでしょう。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする