2018年09月01日

二十二  強いられた十字架ークレネ人シモンのように

強いられた十字架

 シモンは田舎からエルサレムに、過ぎ越しの祭りを見るために出てきただけでした。 ところが、ちょうどその時に、イエスさまが十字架を背負って、ビア・ドロローサ(悲しみの道)を歩いていたところに出くわしてしまったのです。 ローマ兵が彼の肩をやりでたたいた時、彼はもはや逃げることはできませんでした。もし拒めば、そのままそのやりで、一突きされて殺されるからです。 彼はもう逃げられなかったのです。ですから彼にとって、イエスさまの十字架を背負っていくことは、強いられたことだったのです。 けれども、それは主の彼に対する深い憐(あわ)れみでもありました。
posted by 日本教会史 at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする