2018年05月12日

二  序章2

 天に帰る時が来て、召されたならば、もちろんキリスト教式で葬儀をなし、法事などはするわけはありません。そうすると、神社もお寺も、収入が大幅に減ってしまいます。 リバイバルが起こって 真のクリスチャンが爆発的に増えたなら、お寺や神社は当然、今までのようには、お金は入ってこなくなります。その時彼らは決して黙ってはいないでしょう。必ず、大義名分を言いながら、迫害が始まってくることでしょう。 国家的なレベルでの迫害が、再び日本で起こらないとは、誰も断言できないのです。 私はこれから日本最初の殉教者である「日本二十六聖人]の足跡を読者の皆さんとともにたどりながら、過去に起こった殉教の歴史を、ただ単に学びたいと思っているのではありません。  この終末の兆候を示し始めている現代とという時代を生きている私たちが、 来るべきキリストのいのちの中を生きるために必要なことを、彼らの殉教の歩みを通して、共に主から教えられたいのです。
posted by 日本教会史 at 03:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする