2018年04月16日

四十三 浦上四番崩れ7−天災

 浦上を覆う天災
  
  キリシタンたちが浦上に帰ってきたとき、浦上の地は荒れ果てていました。浦上四番崩れから帰ってきた人の中で、原子爆弾が落とされた後も生き残った老人が10人ばかりいました。原子野に翌年雑草が一面に茂ったのを見て、流罪から帰った時によく似ていると言いました。 彼らには本当に何もなかったのです。あばら家に住みつつ、港に行って皿のかけらを拾い、それで荒れ果てた畑を耕しました。近くの村に日雇いに出て、イモやキュウリの苗をもらいながら、働き始めました。 
  こうして一年が過ぎ、やっと畑からいくばくかの実りが収穫され、生活もようやく一息つき、落ち着いたと思ったところへ、疫病や天災が折り重なって、浦上を襲ったのです。
posted by 日本教会史 at 09:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする