2018年04月07日

四十二  浦上四番崩れ6−信仰の自分の自由

 子供の単純な信仰

  ある日、3歳の子どもがひとりで裁判に呼び出されました。  役人はおいしそうなお菓子をみせびらかし、「キリシタンをやめたらみんなこのお菓子をあげるよ」と言って誘惑しました。子どもは頭を横に強く振りました。「どうして?このお菓子とってもおいしいんだよ」と役人が言うと、子どもは「お母がね、キリシタンば捨てないとハライソ(天国)へ行ける、言うたもん。ハライソへ行けばね、そげんお菓子より、もっともっと甘か物あると・・・」と答えました。  ハライソへ行ける、というのがただひとつの望みであり、最も大きな喜びだったのです。子供の信仰は、このような単純なものでした。  しかし単純だからこそ、余計に堅かったといえるでしょう。
posted by 日本教会史 at 05:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする