2018年04月05日

si 四十一 浦上四番崩れ5−津和野の拷問

 空腹の中で
  さらに津和野には、 先に流されてきた28人の家族の125人が、 2月の初めに着きました。  もう役人たちは、説教だけでは転宗させることができないと分かっていたので、空腹の責め苦に掛けました。1日に米1合3勺、味噌を親指の大きさほど、塩ひとつかみ、水一杯、ちり紙1枚ずつを与えました。 母親は自分の食べる物も子供に与えるので、見る見るやせていきます。そしてその弱り果てた体を裁判に引き出して、キリシタンをやめろと手を替え品を替え、繰り返し責め立てます。
posted by 日本教会史 at 07:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする