2018年04月04日

四十一 浦上四番崩れ5−津和野の拷問

 氷責め
  それで警護の役人が「早く上がれ」とふたりにいいましたが、「今、宝の山に登りておるからは、この池より上がられん」と甚三郎が答えたので、役人は5メートルばかりの竹の先に鉤(かぎ)を付け、鉤の先に髪の毛を巻き付け、力任せに引き寄せて、氷の中より二人を引き上げました。 柴束2つをたき付けとして枯れ木を立てて燃やし、ふたりの体を6人で抱えてその火にあぶり、ぬくめ入れ、気付けを飲ませて正気つかせました。「その時の苦しさは何とも申されぬ」と甚三郎は手記に書いています。  仙右衛門は体中がうずき、次に悪寒と戦慄(せんりつ)が来て、歯も抜けるかと思いましたが、2,3日たつと不思議なことに、もともとかかっていた熱病まで治っていたのです。
posted by 日本教会史 at 14:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする