2017年06月27日

浦上四番崩れ

1867年7月15日の早朝3時頃、
大雨をついて
安藤矢之助の指揮する捕手たちが、
数隊に分かれて
浦上の秘密聖堂や
主だった信者の家を襲い、
踏み込みました。

秘密聖堂は
散々荒らされ、
68人が捕らえられて
桜町牢に入れられました。

これが「浦上四番崩れ」
と言われている
大迫害の発端です。

posted by 日本教会史 at 17:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月23日

自葬問題8

これで、ついに
浦上村よ人々が
キリシタンであることが、
明るみに出たのです。

そこで長崎奉行所では、
たくさんの間者を
浦上に潜入させ
名簿を作り、
主だった指導者たちのことや
4ヶ所の秘密聖堂の坪数、
間取りまで詳しく調べで
させていました。
posted by 日本教会史 at 09:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月21日

自葬問題7

庄屋があわてたのも無理はありません。

「それでは聖徳寺との縁を
切りたい者の名簿を出せ」と、
言ったところ、

本原郷400戸
家野郷100戸あまり、
中野郷100戸というように、

元来の仏教徒と
裕福ではあるが、
信仰心の薄かったキリシタン
30戸だけを除いて、

村人のほとんど全部が
名を連ねたのです。
posted by 日本教会史 at 07:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月13日

自葬問題6

これは大変なことでした。
なぜなら死人が出たとき、
坊さんを呼んで
お経を上げるというのは、
祖法(徳川家康、秀忠、家光三代の間に
決まった背くことのできない
大事なおきて)だったのに、
それを「嫌です」
と、言ったのですから。
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2017年06月11日

自葬問題5


庄屋は
「いまの坊さんが嫌いなら、
お坊さんを代えてやる」と
言いましたが、

「どなたであろうと
坊さんは要らないのです。
お寺とは縁を切りたいのです」
と答えました。

posted by 日本教会史 at 07:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

自葬問題4

その問題になっている
真っ最中の4月14日、
平の三八の母たかが死にました。

今度は庄屋が気を利かせて
坊さんを連れて来ましたが、
家のものが承知しないで、
お経をあげるのを断わり、
自葬しました。
posted by 日本教会史 at 12:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

自葬問題3

翌6日、
平の宿の久蔵が
死んだときには、

聖徳寺にも知らせずに
自葬してしまいました。

それを知った聖徳寺が、
庄屋に訴えて問題になってしまいます。
posted by 日本教会史 at 22:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

自葬問題2

1867年4月5日、
本原郷の茂吉が死んだ時、
これまで通り
聖徳寺の坊さんを呼んできましたが、
使いのものが途中で、
わざとつまらぬことを言って
坊さんを怒らせたので、
坊さんは帰ってしまいました。

それでこれ幸いと、
茂吉の家では
坊さんなしで
自葬してしまったのです。

posted by 日本教会史 at 17:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月05日

自葬問題

当時は、
死人があると
必ず檀那寺の坊さんを招いて
読経を頼み、

坊さん立ち会いのもとで
納棺することになっていました。

しかし、
神父から
指導を受けるようになると、
このような表面仏教という態度を
清算しなければいけなくなったのです。

posted by 日本教会史 at 17:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月03日

役人の目を盗んで4

一方では、
大浦天主堂の屋根裏部屋に、
村々の代表や青年たちを集めて、
いろいろと教えました。

そして
伝道士として村へ帰しました。

こうして彼らの信仰は、
日ごとに強められ、
燃やされていったのです。
posted by 日本教会史 at 08:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月02日

役人の目を盗んで3

プチジャン神父は、
ちぢれ髪やひげを剃り落とし、
シェロの毛を黒く染めて作った
かつらをかぶります。

そして
日本の農民の着物を着て、
わらじを履いて
角帯を締め、
手ぬぐいをほおかぶりして
日本人に化けるのです。

そうやって、
夜中に
山の中の小道を案内されたり、
小舟に乗せられたりして、
村や島々を回りました。

posted by 日本教会史 at 07:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

役人の目を盗んで2

そこで、
プチジャン神父は
信者たちに、
天主堂に来るのを
遠慮するように言い、
自分の方から出て行って
信者の代表と会うことにしました。

また、信者の
隠れている村々や
島々へも
出かけることにしたのです。
posted by 日本教会史 at 21:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする