2017年03月31日

バスチャンの4つの予告預言A

バスチャンが残した4つの予告預言とは
次のようなものでした。

1.お前たちを7代まではわが子とみなすが、
  それから後はアニマ(霊魂)の助かりが困難になる。

2.コンヘソーロ(告解を聞く神父)が、大きな黒船に乗ってやってくる。
  毎週でもコンヒサン(告解)ができるようになる。

3.どこででも、大声でキリシタンの歌を歌って歩ける時代が来る。

4.道でゼンチョp(ポルトガル語で教外者)に出会うと、
 先方が道を譲るようになる。
posted by 日本教会史 at 08:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月30日

バスチャンの4つの予告預言

信徒発見がされるまでの7代250年間、
信仰を守り通した浦上のキリシタンたち。

彼らが信仰を継承し、
守り続けることができたのは、
帳方・水方・聞役というしっかりとした地下組織と
日本人伝道士バスチャンが残した
「バスチャンの日繰り」があったからです。

そして実は
もうひとつとても大切なことがあります。
それは、バスチャンが残した
4つの予告預言でした。
posted by 日本教会史 at 13:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月29日

断食の祈りを通してB

確かに、
主は祈る人を通して働いてくださり、
祈りを通して、
人々を祝福してくださるのです。

  実はバスチャンが残したのは
 「日繰り」だけではありませんでした。

 彼も殉教者でしたが、
 処刑される前に、
 4つのことを預言し予告しました。

 そして、人々は
 この預言を大切に伝承していったのです。

posted by 日本教会史 at 13:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

断食の祈りを通してA

一人の伝道士の切なる祈りが、
その後250年間続いた迫害の中で、
人々の信仰を支える力となりました。

一人の真実な祈りは
主の心を動かし、

その祈りの答えは
多くの人々の信仰をも
引き上げ、建て上げて行ったのです。
posted by 日本教会史 at 16:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月15日

断食の祈りを通して@

このバスチャンに対しての伝承が、
どこまで信憑性を持つものかは何とも言えませんが、
確かに「バスチャンの日繰りが今も残っており
それがキリシタンたちの信仰の継承にとって、
どれほど大きな力であったかということは、
決して否定することのできない事実なのです。

そしてそれは、
バスチャンの切なる断食を伴った祈りを通して。
主が与えてくださったものだったのです。

posted by 日本教会史 at 15:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月13日

バスチャンの日繰りG

それで、彼は21日間断食して
「もう一度ジワンが帰って来て教えてください」と
祈ったのです。

するとどこからかジワンが帰って来て
教えてくれたのです。

そして
バスチャンと別れの水杯をして、
ジワンは海上を歩いて
遠くへ去って行ったと言われています。
posted by 日本教会史 at 22:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月12日

バスチャンの日繰りF

バスチャンはジワンという神父の弟子になって
ともに伝道していましたが、
あるときジワンは国に帰るといって
姿を消してしまいました。
バスチャンはすでに日繰りの
繰り方をジワンから教えられていましたが、
まだ十分には納得していませんでした
posted by 日本教会史 at 01:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月10日

バスチャンの日繰りD

このバスチャンについての伝承が、
どこまで信憑性を持つものかはわかりませんが、
確かに「バスチャンの日繰りがいまも残っており、
それがキリシタンたちにとって
どれほど大きな力であったかということは、
決して否定することのできない事実なのです。
そしてそれはバスチャンの切なる断食を伴った祈りを通して
主が与えられたものだったのです。

1人の伝道師の切なる祈りが
その後250年間続いた迫害の中で
人々の信仰を支える力となりました。
1人の真実な祈りは主の心を動かし、
その祈りの答えは多くの人々の信仰をも
引き上げ建て上げていきます。
posted by 日本教会史 at 10:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月06日

バスチャンの日繰りC

バスチャンはジワンという神父の弟子になって
ともに伝道していましたが、
あるときジワンは国に帰るといって
姿を消してしまいました。
バスチャンはすでに日繰りの
繰り方をジワンから教えられていましたが、
まだ十分には納得していませんでした。
それで彼は21日間断食し、
「もう一度ジワンが帰って来て教えてください。」と
主に祈ったところ、
どこからかジワンがあ帰ってきて教えてくれたのです。
そしてバスチャンと別れの水杯をして、
海上を歩いて遠くに去って行ったと言われています。
posted by 日本教会史 at 17:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バスチャンの日繰りB

長い迫害の中で、
浦上はもとより外海・五島・長崎地方のキリシタンたちが
信仰を伝承しえた力のひとつは、
この「日繰り」であったと言っても
               決して過言ではないのです。
ではどのようにしてこの「日繰り」はできたのでしょう。










posted by 日本教会史 at 17:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バスチャンの日繰りA

彼は「バスチャンさまの日繰り」という、
1934年の大陰暦によるキリシタン暦
(受難週や復活祭、聖霊降臨日や降誕節など)
を残しました。
この影響は非常に大きなものがあります。


posted by 日本教会史 at 17:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月04日

バスチャンの日繰り@

この地下組織のほかに、
もうひとつ彼らが250年間
信仰の灯をともし続けるのに大きな原動力となったものがあります。
それは神父たちが殉教してしまった後に、
信徒を指導していた日本人伝道士
バスチャンの存在でした。
彼の洗礼名はセバスチャンと言いましたが、
略してバスチャンと呼ばれていました。
彼の日本名はいまもわかっていません。
彼は「バスチャンさまの日繰り」という、
1934年の大陰暦によるキリシタン暦
(受難週や復活祭、聖霊降臨日や降誕節など)
を残しました。
この影響は非常に大きなものがあります。