2016年10月30日

26聖人以後のキリシタンC

ところがそのとき、
長崎の浦上には地下に潜伏したキリシタンたちがいたのです。
彼らは帳方(ちょうかた)、水方(みずかた)、聞役(ききやく)という地価組織を作って、なんと250年間、信仰を保持したのです。
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2016年10月29日

26聖人以後のキリシタンB

幕府と奉行はあらゆる方法でキリシタンを見つけ出し、彼らを転ばせるために拷問し、どうしても転ばない者は
とても残酷な方法で殺していきました。
こうして、日本に命がけで来ていた宣教師たちもついに捕らえられ追放され、殺されていきました。
キリシタンはもはやいないと思われるまで、徹底した弾圧がなされたのです。

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2016年10月27日

26聖人以後のキリシタンA

26聖人が殉教した翌年、
彼らに死を宣告した秀吉は死にます。
そして時代は徳川へと移り、
日本は鎖国することになります。
やがてキリスト教は全面的に禁止され、
非常に厳しい迫害と弾圧が始まるのです。

2016年10月25日

26聖人以後のクリスチャン@

1597年2月5日、
長崎の西坂の丘で
26聖人が殉教した後、
多くの人々がキリストの名のゆえに
捕らえられ殉教していきました。

2016年10月24日

リバイバルC

真に自分を捨て自分の十字架を負って
私についてくる者たちに彼らのバトンは受け継がれ、その者たちを通して応えは必ずやってくる。リバイバルは必ずまもなくやってくると。

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2016年10月23日

リバイバルB

西坂の丘には、いまも喜びが注がれています。
天の御国から流れてくる喜びです。

その丘に立って祈るたびに主は私に迫ってこられるのです。彼らが示したわたしへの愛と従順、彼らが負った十字架、彼らの祈りと願い、それらは忘れられてはいない、
その応えがこの時代に必ずやってくると。

2016年10月22日

リバイバルB

西坂の丘には、いまも喜びが注がれています。
天の御国から流れてくる喜びです。

その丘に立って祈るたびに主は私に迫ってこられるのです。彼らが示したわたしへの愛と従順、彼らが負った十字架、彼らの祈りと願い、それらは忘れられてはいない、
その応えがこの時代に必ずやってくると。

リバイバルA

時の権力者太閤秀吉は長崎にいる多くの
キリシタンたちの信仰を捨てさせるために、彼らへの見せしめのため26人を長崎まで
連れてきて処刑したのです。
けれども、結果は秀吉の思惑とは
まったく逆になりました。

2016年10月18日

リバイバル@

26聖人は自分の十字架をしっかりと受け取り、福音宣教に生き、そして西坂の丘で十字架につけられて殉教しました。
その姿に西坂の丘に集まった
4000人とも言われる見物人たちは感動し、長崎に小さなリバイバルが起こります。
クリスチャンはもとより、信仰がはっきりしていなかった人々やキリストを信じていなかった人までもが回心し、
この後殉教していくのです。

2016年10月17日

最後の殉教者 ペテロバプチスタA

26人の処刑は終わりました。
殉教者たちの残していった天の喜びが
そこにはいまも残っています。
 キリストの十字架のもとにいた
ローマ兵が「この方はまことに神の子であった」
と気づいたように、この後、殉教に加わった役人のうち一人が回心したといわれています。
しかしそれがだれなのかは定かではありません。もしかすると半三郎だったかもしれませんが・・・。


2016年10月14日

最初の殉教者 ペテロ・バプチスタ@

最後に殉教したのは、
26人のリーダーのペテロ・バプチスタでした。
彼を最後にしたのは、役人たちが、
25人の仲間たちが無残に刺し殺されて
死ぬのを見れば、
彼が途中で信仰を捨てるかもしれないと
思ったからです。


しかし結果は逆でした。
彼は26人がだれひとり信仰を捨てることなく、全員最後まで主を愛して殉教することを願っていました。
彼は全員が喜んで槍を受け、天に帰っていくのを見届けることができたのです。
いまや彼は彼の霊の子供たちや同僚たちとともに天に帰るため、喜びながら槍を受けることができるのです。
彼は天を見上げて、くちびるを動かして
キリストが祈られたのと同じように
最後の祈りをしました。
「父よ。わが霊を御手にゆだねます」と。
そのとき、26人の血でそまった槍が彼を突き刺したのです。

2016年10月10日

喜びながら 己を捨てC

特に京都で捕縛され、殉教が定まったときから、彼らの心はますますこの地上に対する執着や思い煩いから解き放たれて天につなぎ合わされていったことでしょう。
長崎までのひと月の道の間に彼らの肉体は弱くされ、痛みや苦しみが襲うことがあったかもしれませんが、彼らの心は天の御国の喜びにますます満たされ、福音とキリストとのために殉教しなければならなくなったことを喜んでいたことでしょう。
ちょうどキリストの御名のためにはずかしめられるに値する者とされたことを喜んだ
使徒たちのように。

2016年10月08日

喜びながら 己を捨てB


なぜ殉教という十字架を前にして、
彼らは喜んでいることができたのでしょう。
それは彼らがもうすでに「己を捨て」自分に死んでいたからです。
彼らはもはや自分の命には生きていなかったのです。
主がご自身の命の代価を払って与えてくださった永遠の命の中に彼らは生きていたのです。だから彼らは喜んでいました。

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喜びながら 己を捨てA


主は語られました。「彼らは喜んでいた」と。確かに彼らは喜んでいたのです。
役人の「養子になれ」との誘惑を断って
自分の十字架に走り口づけした12歳の少年ルドビゴ茨木、十字架の足もとにすがりついて「降りてきて」と絶叫する母に向かって「喜んでください」と言った13歳の少年アントニオ、メキシコに行き司祭に叙階されるはずだったのに日本で十字架につけられることになったとき、「サン・フェリペ号が難船したのはこの私が殉教の恵みに預かるために許されたのです」と言ったフェリペ。
彼らはみんな喜んでいたのです。

喜びながら 己を捨て@


はじめて西坂の丘に来て祈ったとき、
私は驚きました。
坂を登って西坂の丘にたどりつくと、
そこには喜びがありました。

天から注がれてくるような爽やかな明るい喜びがあったのです。それは私の中にあった暗い悲惨な
殉教というイメージとはあまりにもかけ離れていました。
そこにはとても深い主のご臨在があったのです。
その日は小雨が降っていましたが、
私が西坂の丘に立ち、心を主に向けて祈ると、喜びが内側からあふれてくるのです。