2016年05月29日

最後の願いA

「処刑される前に長崎のパードレのだれかに告白する余裕を与えてほしい」「そして全員ミサにあずかり聖体拝領を受けたい」ということでした。

2016年05月28日

最後の願い@

時津から西坂までキリシタンの町を通っていくので、役人たちは彼らを早く歩かせました。そして浦上の小さな癩病院で休憩をとりました。


らは殉教するにあたって3つの願いを持っていました。それは「イエズス・キリストと同じ金曜日までに刑の執行を延期してほしい」(予定では2月5日の水曜日でした)

ゲツセマネ

  時津についたのは夜の11時頃でした。時津はキリシタンの町です。護送役人たちは、万一殉教者たちを奪い取られはしないかと心配し、警戒しました。それで26人の殉教者たちは上陸することも許されず、後ろ手に縛られたまま居心地の悪い舟の中でうずくまり、夜を明かしたのです。殉教者たちはこの夜ほとんど眠らないまま過ごしたようです。この夜が彼らの地上での最後の夜となりました。彼らにとって、この夜はまさにゲッセマネでした。
  時津の港に立ちながら、湾を眺めて祈っていると、私は彼らの息づかいが聞こえてくるような気がします。一ヶ月近くにわたる800キロの旅も明日終わろうとしていました。彼らの肉体は確かに弱りはてていたでしょう。けれども彼らの心には、主イエスへの愛と天国への確かな希望がありました。彼らの主に対する信仰は決してこの凍てつくような夜も失われることなく燃えていたことでしょう。
  翌2月5日の夜明けに、彼らは殉教する西坂の丘に向かって出発しました。ついに彼らの天国への勝利の凱旋の日が来たのです。

     It was around 11:00 at night. Togitsu was a Christian town. Escort officers were afraid if these martyrs might be grabbed, and took precautions.  Then they didn’t permit twenty-six martyrs even to get on the beach. Keeping to have their hands tied behind their back, they crouched down and spent night in uncomfortable boats.  It is considered that martyrs awaited the dawn without being able to sleep. This night became their last one on the earth. This night was certainly a Gethemane for them.
     Standing in the port of Togitsu and praying with watching the bay, I feel as if I were hearing their breathing. The 800 km journey was about to end on the next day after almost one month. It was true that their flesh got all weakened. But, they had love to the Lord Jesus and their assured hope toward heaven. Their faith in their Lord were burning not vanishing even at a frosty night.
     At dawn on the next day, February 2nd, they left for the hill of Nishizaka, where they would be martyred.  Eventually, it came the day of their triumphal parading to heaven.  p