2016年04月29日

浦上四番崩れ ド・ロ神父と篤志看護師

篤志看護婦となったこの4人の娘たちは、
神父から看護法を教えてもらい、
恐ろしい伝染病がはやっている町々村々を回り、
大勢の人を助けました。
ド・ロ神父は毎夜、大浦天主堂に戻りました。
マキたちは家に帰ると家族に伝染させる心配があったので、
どこかに合宿することにしました。
そのとき高木仙右衛門が自分の小屋を提供しました。
そこで4人は共同生活を始めました。

浦上四番崩れ ド・ロ神父と篤志看護婦A

この救護活動を見て心を動かされ、
すぐにその案内と手伝い、
患者の身の回りの世話を申し出たのが
岩永マキでした。

マキが動いたのを見ると、
他にも守山マツ、片岡ワイ、深堀ワサという
女性たちも立ち上がりました。
彼女たちはみな、
「旅」の仲で迫害を受け、
拷問にかけられて
辛酸をなめてきた人たちでした。


浦上四番崩れ ド・ロ神父と篤志看護師@

浦上村民の窮状を見たド・ロ神父は、
毎朝4キロあまりの道を薬箱を下げて
大浦から浦上に通い、
病人の診療投薬に従事しながら、
予防措置を教えて回りました。



ド・ロ神父はただ脈をとり、
薬を与えるだけはなく、
患者一人一人に神のことばを語って
慰め励ましたのです。

2016年04月28日

浦上四番崩れ 子どもの単純な信仰B

またあるときは、肥くみに来た近くの農民たちが、
子供を喜ばせようとして、
鳴くせみを捕まえて子供たちのいる牢に投げ込むと、
子供たちは大喜びでそれを捕まえると、
鳴かせて楽しむどころか、
そのまま口に入れてばりばり食べてしまうのです。

子供たちはそんなにも飢えていましたが、
信仰に堅く立っている母にくっついて
信仰を守り通しました。

殉教ブログ.jpg

浦上四番崩れ 子どもの単純な信仰

ハライソ(天国)へ行ける、
というのがただひとつの望みであり、
もっとも大きな喜びだったのです。
子どもの信仰はこのような
単純なものでした。
しかし単純だからこそ
よけいに堅かったといえるでしょう。

殉教ブログ.jpgl

浦上四番崩れ 子どもの単純な信仰

ある日、3歳の子供が一人で裁判に呼び出されました。
役人はおいしそうなお菓子をみせびらかし、
「キリシタンをやめたらみんなこのお菓子をあげるよ」
と言って誘惑しました。
子どもは頭を強く横に振りました。
「そうして?このお菓子とってもおいしいんだよ」
と役人が言うと、
子どもは「お母がね、キリシタンば捨てないとハライソへ行ける、
言うたもん。
ハライソへ行けばね、そげんお菓子より、
もっともっと甘かものあると・・・」
と答えました。

浦上四番崩れ 空腹の中でC

こういう責め苦にあうと、
男よりも女のほうが強く、
かえって女から男が励まされていました。
子どもは母の教えたとおりにします。
こういう大きな迫害の中では、
主婦がしっかりしていた家庭だけが、
最後まで信仰を守り通しました。

浦上四番崩れ 空腹の中でB

たえず腹をへらされ、
仕事もさせられず、
おおぜい狭い部屋につめ込まれて、
ふた月も半年も、さらに1年、2年と
長いあいだ同じ説教を聞かされると、
次第に望みも薄くなり、
体も弱り、頭も変になって、
ついにテング(悪魔)の誘惑にのって
キリストへの信仰を捨てる気になってしまうので、
彼らにとってはこれほど恐ろしい
効き目のある責め苦はないのです。

浦上四番崩れ 空腹の中でA

一日に米一合3勺、
みそを親指の大きさほど、
塩ひとつかみ、
水一杯、ちり紙一枚ずつを与えました。


母親は自分の食べるものも子供に与えるので、
みるみるやせていきます。
そしてその弱りはてた体を
裁判に引き出して、
キリシタンをやめろと
手を変え、品を変えくり返し責め立てます。


2016年04月27日

浦上四番崩れ 空腹の中で

「そのときの苦しさは何とも申されませぬ」
と基三郎は手記に書いています。

仙右衛門は体じゅうがうずき、
次に悪寒と戦慄がきて、
歯も抜けるかと思いましたが、
2、3日たつと不思議なことにもともとかかっていた
熱病まで直っていたのです。

浦上四番崩れ 氷責めI

「そのときの苦しさは何とも申されませぬ」
と基三郎は手記に書いています。

仙右衛門は体じゅうがうずき、
次に悪寒と戦慄がきて、
歯も抜けるかと思いましたが、
2、3日たつと不思議なことにもともとかかっていた
熱病まで直っていたのです。

浦上四番崩れ 氷責めH

それよりだんだん体は冷え凍り、
震いがき、
歯はがちがち鳴り出しました。
そのとき仙衛門は基三郎に言いました。
「基三郎、覚悟はいいか。私は目が見えぬ。
世界がくるくる廻る。
どうぞ私に気をつけてくだされ」

浦上四番崩れ 氷責めG

それよりだんだん体は冷え凍り、
震いがき、
歯はがちがち鳴り出しました。
そのとき仙衛門は基三郎に言いました。
「基三郎、覚悟はいいか。私は目が見えぬ。
世界がくるくる廻る。
どうぞ私に気をつけてくだされ」

2016年04月26日

浦上四番崩れ 氷責めF

もはや息が切れようとするときに、
役人が「早くあげろ」と言いつけました。
それで警護の役人が「早く上がれ」と
二人に言いましたが、
「いま、宝の山に登りておるからは、
この池よりあがられん。」と
甚三郎が答えたので、
役人は5メートルばかりの竹の先に
鉤をつけ、鉤の先に髪の毛を巻きつけ、
力まかせに引き寄せて、
氷の中よりふたりを引き上げました。

浦上四番崩れ 氷責めE

それよりだんだん体は冷え凍り、
震いがき、
歯はがちがち鳴り出しました。
そのとき仙衛門は基三郎に言いました。
「基三郎、覚悟はいいか。私は目が見えぬ。
世界がくるくる廻る。
どうぞ私に気をつけてくだされ」

浦上四番崩れ 氷責めC

そのとき役人が
「仙右衛門、基三郎、天主が見ゆるか。さあ、どうじゃ」
と嘲りました。
そして水を何度も汲んで
顔に投げつけ、
息ができないようにしました。

浦上四番崩れ 氷責めC

そのとき役人が
「仙右衛門、基三郎、天主が見ゆるか。さあ、どうじゃ」
と嘲りました。
そして水を何度も汲んで
顔に投げつけ、
息ができないようにしました。

浦上四番崩れ 氷責めB


すると氷はみしみしと破れ、
ふたりは氷の下を
泳ぎ廻りましたが、
深くて背が届かず、
やっとの思いで池の真ん中に浅いところを見つけて
足先で立ち、
破れた氷の上に頭を出して苦しい息をしました。

浦上四番崩れA

柄杓でふたりの裁判の役人や
警護の役人5,6人が彼らを引き出し、
「外国の宗教を信ずる者は、
日本でできたものは身につけてはならぬ。」
と言って、ちょんまげの頭に巻いてある紙のこよりも
切りのけ、着物もふんどしも取りのけ、
真っ裸にして氷の張った池の上に
ふたりを突き落としました。

浦上四番崩れ 氷責め


冬のある日、仙右衛門と基三郎は
朝から呼び出されました。
彼らはどんなに説教されても信仰を捨てません。
それで氷責めにかけられました。

2016年04月25日

浦上四番崩れ 氷責めC

冬のある日、仙右衛門と基三郎は
朝から呼び出されました。
彼らはどんなに説教されても信仰を捨てません。
それで氷責めにかけられました。

浦上四番崩れ 氷責め@

冬のある日、仙右衛門と基三郎は
朝から呼び出されました。
彼らはどんなに説教されても信仰を捨てません。
それで氷責めにかけられました。

浦上四番崩れ 津和野での拷問C

畳をはぎ取り、
食事には一日米3合、塩ひとつまみと水、
むしろとちり紙一枚をあてがいました。
着物は捕らわれた日に着ていたものが
あるだけでした。


浦上四番崩れ 津和野での拷問A


今度は神主の佐伯という人が
説得にかかりましたが、信者は
まったく感心しません。
そこでしかたなく、
拷問を加えることに方針を変えました。

2016年04月21日

浦上四番崩れA 津和野での拷問@

仙右衛門や基三郎は、津和野に流されました。
初めは毎日お寺のお坊さんが来て
説教をし転宗を迫りました。
こうして半年が過ぎました。