2015年09月30日

最初の殉教者 フェリペA

26人のうちで最初に槍を受けて殉教したのは、メキシコ人のフランシスコ会修道士フェリペでした。
彼のつけられていた十字架の支え木が下に寄りすぎていたので全身の重みが鉄の首枷にかかり、彼は声を出すこともできず、窒息しそうになっていました。
そこで半三郎は執行人に合図をしました。
2人の執行人は、このメキシコ人を槍で突き、苦しみを断ちました。
十字架の上でけいれんが起こり、開かれた胸から2つの血の泉がふきだしました。
ついに殉教の血が流されたのです。

最初の殉教者 フェリペ@

26人のうちで最初に槍を受けて殉教したのは、メキシコ人のフランシスコ会修道士フェリペでした。
彼のつけられていた十字架の支え木が下に寄りすぎていたので全身の重みが鉄の首枷にかかり、彼は声を出すこともできず、窒息しそうになっていました。
そこで半三郎は執行人に合図をしました。
2人の執行人は、このメキシコ人を槍で突き、苦しみを断ちました。
十字架の上でけいれんが起こり、開かれた胸から2つの血の泉がふきだしました。
ついに殉教の血が流されたのです。

最初の殉教者 フェリペ@

26人のうちで最初に槍を受けて殉教したのは、メキシコ人のフランシスコ会修道士フェリペでした。
彼のつけられていた十字架の支え木が下に寄りすぎていたので全身の重みが鉄の首枷にかかり、彼は声を出すこともできず、窒息しそうになっていました。
そこで半三郎は執行人に合図をしました。
2人の執行人は、このメキシコ人を槍で突き、苦しみを断ちました。
十字架の上でけいれんが起こり、開かれた胸から2つの血の泉がふきだしました。
ついに殉教の血が流されたのです。

赦しながら パウロ三木E

西坂に天国が降りてきました。
その中で彼らは十字架の赦しを聞いたのです。
人々は感動していました。
多くの人が泣いていました。
あの半三郎さえ泣いていたと言われています。
けれどもそれは悲しみの涙ではなく、永遠の天の命に触れた感動の涙でした。
このとき彼らの殉教を通して多くの人々がキリストに立ち返ってきたと言われています。

赦しながら パウロ三木D

必ずリバイバルがやってきます。
パウロ三木の語った御言葉は決してむなしくこの長崎、そして日本に落ちることはないでしょう。
これから始まるこの地での大いなる収穫のリバイバルの中で、主は報いてくださるのです。
いま生きている私たちを用いて•••••。

赦しながら パウロ三木C

救いを願っていました。
彼の心は自分自身の命のことではなく、彼を殺そうとしている人々の救いにあったのです。
日本にこのような殉教者がいたのです。
十字架につけられても赦し続け、十字架の福音を宣べ伝え続けた伝道者が•••••。

赦しながら パウロ三木B

人々はパウロ三木の語る力強い激しいことばに引き寄せられていきました。
さらにパウロ三木は、死刑執行人の責任者寺沢半三郎のほうを見やり、また役人や執行人を見ながら、はっきりと語り続けました。
「私は太閤さまを赦します。
半三郎を赦します。
役人を赦します。
いままさに私を殺そうとしている死刑執行人を赦します。
なぜなら、イエス•キリストが私の罪を十字架で赦してくださったからです。
イエス•キリストはあなたの敵を愛し、
迫害するもののために祈れと言われました。
ですからこの死罪について太閤さまをはじめお役人衆に、私は何の恨みも抱いてはおりません。
ただ私の切に願いまするのは、太閤さまを始めすべての日本人がイエス•キリストを信じて救いを受け、キリシタンとおなりになることでございます。」

2015年09月28日

赦しながら パウロ三木A

The voice of singing praises by boys echoed through the Nishizaka hill.  Paul Miki, a Jesuit monk, started to preach from his cross.  He continued to preach to people until he reached Nishizaka here after he was arrested in Kyoto. 
     Letters written on the placard for him were like this. "These men have come from the Philippines, and came to Japan as delegates of Luzon…."  
     Looking at that, he cried out loudly.
"I ask all of you here to listen to me.  I am not a person of Luzon from the Philippines. I am a Japanese, and a Jesuit Brother.  I have never committed crimes. But I die for having preached the good news of Jesus Christ and having spread His teaching.  I do not hesitate to mention that. It is true I proclaimed Jesus Christ.  And I am happy to die for this reason.  I give my heartfelt thanks to God for His grace, that is martyrdom God gave to me. Nobody can speak a lie when he is going to die.  I face death now and tell only a truth. Please believe in what I am telling, please. I will tell you being convinced that there is no other way to salvation except for this One Jesus Christ."
     The strong and impassioned words by Paul Miki attracted people.

両親をゆだねてアントニオA

As he said those words, he loudly sang the Psalm 113 with Louis Ibaraki next to him. They intoned,"..O children, praise His holy name….."
Their voice just like the ringing of silver bells echoed throughout the Nishizaka hill.  At that time the venue for execution to villainous criminals was covered with the Lord's presence who came down from heaven.  Those observing there estimated 4000 started to praise together following them.  
The big chorus,"Hallelujah" arose. The heavens appeared in the place planned to be hell by execution. Grief existed no longer.  It was filled with the joy of boys who would triumph to march to heaven as winners.  And, the inside of people there got filled with the joy.

Anthony turned his face to heaven and sang praises loudly. The boy, Anthony had a belief.  God would absolutely reward his parents.

When we, a couple, were sent to Nagasaki, we visited this Nishizaka at first and prayed.  Then, I shared Anthony with my wife. The parents of my wife didn't believe in Jesus, yet at that time.  While my wife was an only child and daughter, she got married to me and got to come to Nagasaki, the mission field directed by the Lord, not the place of her parents.  After listening to me, she said,"I feel I am able to understand a little how Anthony thought."  

Anthony was aware of that.  In spite of tearing hearts of his parents apart, it's to obey God that was the greatest goodness he could do for his parents.  If he would take the cross, this martyrdom, with his being submissive to God, the Lord Himself, absolutely might give his parents precious eternal life, he believed. He was expecting not temporary earthly reconciliation but eternal heavenly reward.

そう言って隣にいたルドビゴ茨木とともに詩篇113編を高らかに賛美したのです。
「子らよ。主を誉めたたえまつれ」と。
銀の鈴のような声が西坂の丘に響き渡ります。
極悪犯罪人の死刑の場所が、いまや天国から降りてきた主のご臨在の中に包まれました。
見物に来ていた4000人とも言われている人々は彼らに合わせてともに賛美し始めました。
(「ハレルヤ」の大合唱が起こりました。
死刑執行の地獄となるはずの場所に天国が現れました。
そこには悲しみはありませんでした。
勝利者として天に凱旋していく少年たちの喜びが溢れていたのです。
そしてその喜びは、そこにいた人々の内にもあふれていったのです。

アントニオは天に顔を向け、高らかに賛美していました。
アントニオ少年は信じていたのです。
神さまが必ず両親に報いてくださるということを。

私たち夫婦が長崎につかわされてきたとき、まず初めにこの西坂を訪れ、祈りました。
そのときに、私は妻にアントニオの話をしたのです。妻の両親は当時まだイエスさまを信じてはいませんでした。
妻の両親は当時まだイエスさまを信じてはいませんでした。
妻は一人娘でしたが、私と結婚をすることになって両親の元にではなく、主の示される宣教地である長崎に来ることになったのです。
妻は私の話を聞いて言いました。
「アントニオの気持ちが少しわかるような気がする」と。
アントニオは知っていました。
たとえいま両親の心を引き裂いたとしても
「彼にできる最高の親孝行は神に従うことであるということを。彼が神に従ってこの殉教という十字架を受け取るなら、主ご自身が必ず、両親に報い永遠の命を与えてくださると信じていたのです。
彼は一時的な地上での和解よりも、永遠の天の報いを求めていたのです。

2015年09月27日

両親をゆだねて アントニオ@

が、アントニオという13歳の少年です。
彼の生まれ故郷は長崎でした。
彼は父が外国人でした。
両親はイエス・キリストをまだ信じてはいなかったのです。
それで政府の役人たちは処刑にするときに、アントニオの十字架の足もとに、両親が行くことを許したのです。
彼らは何とかしてキリシタンの信仰を捨てさせたかったのです。
アントニオの両親は叫びました。
「親に先立つ不幸があるか。
お願いだから降りてきてちょうだい。
アントニオ、お願いだからキリストを捨てて降りてきてちょうだい」
必死になって半ば狂乱しながら十字架にしがみついて叫びました。
しかしアントニオは両親に向かって
言ったのです。
「お父さん。お母さん。喜んでください。
私はこれから天国に行くのです。
お父さん、お母さん、泣かないでください。
私は先に天国に行って、お父さん、お母さんのおいでになるのを待っています。
ですから、お父さんもお母さんもイエスさまを信じて、私のあとから天国に来てください。
喜んでください。
喜んでください。」

He is a thirteen-years-old boy, Anthony, who was martyred on the cross side by side with Luis Ibaraki who had chosen God in Yamamoto village, Saga.  His home town was Nagasaki with his Chinese father. His parents weren't believers in Jesus Christ yet.  Then, government officials permitted his parents to come to beneath the cross of Anthony in his execution.  They eagerly wanted him to abandon the Christian faith somehow. The parents of Anthony shouted.
"It's a terrible thing for parents to outlive their child, isn't it? Please, please come down.  Anthony, please, please abandon Christ and come down."

Clinging desperately the cross, his parents was partly frantic to cry out.  But, Anthony told toward his parents.
"My father, my mother.  Please rejoice. I am going to heaven from now. Father and mother, please don't cry.  I go to heaven first and am waiting for your coming, Father and Mother. Therefore, please believe in Jesus, my father and my mother, and come to heaven after me.  Be glad, please. Please be glad."

二十六の十字架A

 その中には26人の中で最年少の少年12歳のルドビゴ茨木もいました。彼は佐賀の山本村で、半三郎の「養子になれ」との申し出を断り、神さまを選んでこの西坂の丘に着くと、そこにいた役人に聞きました。
「私のかかります十字架はどれですか」
 役人は彼を見て、「おまえのかかる十字架は、あそこにある一番小さいあの十字架だ」と指さしました。するとルドビゴ茨木はにっこりほほえんで駆け寄り、その十字架を抱きしめて頬ずりし、口づけしたのです。
 刑執行人たちは彼らを十字架につけ始めました。手足と首を鉄枷で止め、腰を紐で結んで体を固定させ、ぴったりと十字架につけました。そして掘ってあった穴のふちに十字架の根もとをあてて徐々にすべらせ、ついに十字架は穴に立てられたのです。そして26本の十字架が西坂の丘に立てられました。26人の殉教者たちとともに……。

Twenty-Six Crosses 2

Luis Ibaraki, the youngest 12-year old boy was among the twenty-six. He refused the request,"Be my adopted son" from Hanzaburo in Yamamoto Mura, SAga, and chose God. Arriving on the hill of Nishizaka, he asked guards there.
"Which is my cross I would be put?"
The guards indicated looking at him,"The cross you will be put is the smallest one over there." And Luis Ibaraki ran up to his cross with smile, and embraced and rubbed his cheek with the cross, and then kissed.
The executioners began their task of attaching the bodies to the crosses.  Fastening iron clamps around the neck, hands and feet,  they tied around the waist with a cord to keep the body steady. They fastened to the crosses fitly.  And they maneuvered the foot of each cross next to the hole that had already been dug and let it slip down inside.  Then, twenty-six crosses got straightened upright on the hill of Nishizaka. With twenty-six martyrs……..

二十六の十字架 @


 西坂の丘に26の穴が掘られ、その一つ一つの前に真新しい26の十字架が一本ずつ置いてありました。それらは注意深く削られ、入念に作られていました。十字架の高さは、ほとんど2メートル以上もあり、両腕を止める長い横木と、それよりやや短い足をおさえる横木がついていました。その一つ一つの十字架に5つの鉄枷がついていて、1つは首を、2つは手首を、残りの2つは足首を十字架に固定するようになっていました。またその中間に止め木があって殉教者が腰掛けるようになっていました。
 午前9時半、26人の殉教者たちは西坂の丘につきました。彼らは自分の十字架を示されるや、小躍りしつつ走り寄り、自分のつけられる十字架を抱きしめたのです。

Twenty-Six Crosses 1

Twenty-six holes were dug on the hill of Nishizaka, and each cross of twenty-six span-new ones was lying before each dug hole. They were cut away carefully and made elaborately. The height of cross was over two meters, and had a larger crossbar to tie both hands and a smaller one to hold legs. Each cross had five iron shackles to keep steady to the cross with one for neck, two for both wrists, and the last two for both ankles.  And there was a protruding seat for a martyr to sit in between them.

At 9:30 in the morning, twenty-six martyrs arrived on the hill of Nishizaka.  As soon as their own crosses were shown, they ran up dancing, and embraced their own crosses they were to be put on. 

二十六の十字架 @


 西坂の丘に26の穴が掘られ、その一つ一つの前に真新しい26の十字架が一本ずつ置いてありました。それらは注意深く削られ、入念に作られていました。十字架の高さは、ほとんど2メートル以上もあり、両腕を止める長い横木と、それよりやや短い足をおさえる横木がついていました。その一つ一つの十字架に5つの鉄枷がついていて、1つは首を、2つは手首を、残りの2つは足首を十字架に固定するようになっていました。またその中間に止め木があって殉教者が腰掛けるようになっていました。
 午前9時半、26人の殉教者たちは西坂の丘につきました。彼らは自分の十字架を示されるや、小躍りしつつ走り寄り、自分のつけられる十字架を抱きしめたのです。

Twenty-Six Crosses 1

Twenty-six holes were dug on the hill of Nishizaka, and each cross of twenty-six span-new ones was lying before each dug hole. They were cut away carefully and made elaborately. The height of cross was over two meters, and had a larger crossbar to tie both hands and a smaller one to hold legs. Each cross had five iron shackles to keep steady to the cross with one for neck, two for both wrists, and the last two for both ankles.  And there was a protruding seat for a martyr to sit in between them.

At 9:30 in the morning, twenty-six martyrs arrived on the hill of Nishizaka.  As soon as their own crosses were shown, they ran up dancing, and embraced their own crosses they were to be put on. 

二十六の十字架 @


 西坂の丘に26の穴が掘られ、その一つ一つの前に真新しい26の十字架が一本ずつ置いてありました。それらは注意深く削られ、入念に作られていました。十字架の高さは、ほとんど2メートル以上もあり、両腕を止める長い横木と、それよりやや短い足をおさえる横木がついていました。その一つ一つの十字架に5つの鉄枷がついていて、1つは首を、2つは手首を、残りの2つは足首を十字架に固定するようになっていました。またその中間に止め木があって殉教者が腰掛けるようになっていました。
 午前9時半、26人の殉教者たちは西坂の丘につきました。彼らは自分の十字架を示されるや、小躍りしつつ走り寄り、自分のつけられる十字架を抱きしめたのです。

Twenty-Six Crosses 1

Twenty-six holes were dug on the hill of Nishizaka, and each cross of twenty-six span-new ones was lying before each dug hole. They were cut away carefully and made elaborately. The height of cross was over two meters, and had a larger crossbar to tie both hands and a smaller one to hold legs. Each cross had five iron shackles to keep steady to the cross with one for neck, two for both wrists, and the last two for both ankles.  And there was a protruding seat for a martyr to sit in between them.

At 9:30 in the morning, twenty-six martyrs arrived on the hill of Nishizaka.  As soon as their own crosses were shown, they ran up dancing, and embraced their own crosses they were to be put on. 

二十六の十字架 @


 西坂の丘に26の穴が掘られ、その一つ一つの前に真新しい26の十字架が一本ずつ置いてありました。それらは注意深く削られ、入念に作られていました。十字架の高さは、ほとんど2メートル以上もあり、両腕を止める長い横木と、それよりやや短い足をおさえる横木がついていました。その一つ一つの十字架に5つの鉄枷がついていて、1つは首を、2つは手首を、残りの2つは足首を十字架に固定するようになっていました。またその中間に止め木があって殉教者が腰掛けるようになっていました。
 午前9時半、26人の殉教者たちは西坂の丘につきました。彼らは自分の十字架を示されるや、小躍りしつつ走り寄り、自分のつけられる十字架を抱きしめたのです。

Twenty-Six Crosses 1

Twenty-six holes were dug on the hill of Nishizaka, and each cross of twenty-six span-new ones was lying before each dug hole. They were cut away carefully and made elaborately. The height of cross was over two meters, and had a larger crossbar to tie both hands and a smaller one to hold legs. Each cross had five iron shackles to keep steady to the cross with one for neck, two for both wrists, and the last two for both ankles.  And there was a protruding seat for a martyr to sit in between them.

At 9:30 in the morning, twenty-six martyrs arrived on the hill of Nishizaka.  As soon as their own crosses were shown, they ran up dancing, and embraced their own crosses they were to be put on. 

二十六の十字架 @



 西坂の丘に26の穴が掘られ、その一つ一つの前に真新しい26の十字架が一本ずつ置いてありました。それらは注意深く削られ、入念に作られていました。十字架の高さは、ほとんど2メートル以上もあり、両腕を止める長い横木と、それよりやや短い足をおさえる横木がついていました。その一つ一つの十字架に5つの鉄枷がついていて、1つは首を、2つは手首を、残りの2つは足首を十字架に固定するようになっていました。またその中間に止め木があって殉教者が腰掛けるようになっていました。
 午前9時半、26人の殉教者たちは西坂の丘につきました。彼らは自分の十字架を示されるや、小躍りしつつ走り寄り、自分のつけられる十字架を抱きしめたのです。

Twenty-Six Crosses 1

Twenty-six holes were dug on the hill of Nishizaka, and each cross of twenty-six span-new ones was lying before each dug hole. They were cut away carefully and made elaborately. The height of cross was over two meters, and had a larger crossbar to tie both hands and a smaller one to hold legs. Each cross had five iron shackles to keep steady to the cross with one for neck, two for both wrists, and the last two for both ankles.  And there was a protruding seat for a martyr to sit in between them.

At 9:30 in the morning, twenty-six martyrs arrived on the hill of Nishizaka.  As soon as their own crosses were shown, they ran up dancing, and embraced their own crosses they were to be put on. 

父子の別れ ヨハネ五島C

役人のかん高い声が響きました。出発の命令が下ったのです。再び彼らは、西坂の丘を目指して歩き始めました。

Farewell, Father and Son…John Goto 4

 A high-pitched voice by officials resounded.  The mandate to leave was mentioned. They started to walk toward the hill of Nishizaka, again.

2015年09月26日

父子の別れ ヨハネ五島C

 役人のかん高い声が響きました。出発の命令が下ったのです。再び彼らは、西坂の丘を目指して歩き始めました。

Farewell, Father and Son…John Goto 4

 A high-pitched voice by officials resounded.  The mandate to leave was mentioned. They started to walk toward the hill of Nishizaka, again.

父子の別れ ヨハネ五島 B


 私はクリスチャンホームで育てられました。そしていま、3人の息子を持つ6児の父になろうとしています。ですからこの父子のやりとりを見ながら特別な感動を覚えます。最後まで救霊に燃え続けていた19歳の青年ヨハネ五島、そして喜んでその息子を天に送り、自分も宣教に生き、殉教の備えをした父。たとえ、自分の愛する子を失うとしても、2人の間の愛と、主への信頼、信仰は崩れなかったのです。私も彼らの主に対する心を受け継いでいきたい。息子としても、父としても、そう思わずにはいられないのです。
 役人のかん高い声が響きました。出発の命令が下ったのです。再び彼らは、西坂の丘を目指して歩き始めました。

Farewell, Father and Son…John Goto 3

 I grew up in a Christian family.  Now, I will be the father of three sons and totally six children. While observing how this father and son were contacting, I was moved with special impression.  They were a 19-year-old young John Goto, who was zealous to salvation to his last and the father, who sent his son to heaven with gladness, and lived himself for missionary work, and got prepared for martyrdom. Even though he had a possibility to lose his beloved son, the love between these two and their reliance and love to the Lord never collapsed. I also wish to succeed their heart toward the Lord. I had no choice to think so even as a son and as a father.

2015年09月25日

父子の別れ ヨハネ五島A

父子の別れ・・・ヨハネ五島A

 自分が殉教しようとしているときに、魂の救い、宣教のことを父にゆだね、願ったヨハネ五島、そしてそれをしっかりと受け止めて応答する父、彼らはともに宣教のことを考えていました。父はいま、殉教を前にして魂の救いのことを語る息子の信仰を見て、とても満足し喜んでいました。いままで祈りと愛をもって喜んできた息子の信仰は、神の与えてくださった殉教という試練の中で開花したのです。これはすばらしい祝福でした。

Farewell, Father and Son…John Goto 2

They were John Goto who entrusted to his father salvation of lost souls and missionary work at the hour he himself was going to martyr, and his father who accepted and answered unwaveringly. Both of them were considering about missionary work.  The father was quite content and glad to know the faith of his son, who was mentioning about salvation to lost souls before he would be martyred. The faith of his son, who had been glad with prayer and love until that moment, came out in troubles, martyrdom God gave.  It was a wonderful blessing. 

父子の別れ ヨハネ五島@

ちょうどそのとき、そこへヨハネ五島の父親が最後の別れを告げに来ていました。
彼は父に向かって言いました。
「お父上、魂の救いより大切なものは何もありませぬ、このことをよくお考えになってくださいませ。それについて決して油断せず、怠らぬようくれぐれもお頼み申しまする」
「せがれよ。そのとおり、決して怠りはしないから、おまえは元気いっぱい、力に満ちて、喜んで死んでいきなさい。おまえは、神さまへの忠節のために死ぬのだから、喜んでお前の死を見届けよう。私もおまえの母上も必要とあれば主が思召しになるときに、神の愛のためにキリストさまにこの命をささげる覚悟も用意もできています」

Farewell, Father and Son…John Goto 1

 At that precise moment, the father of John Goto had come to bid him last farewell. 
He said to his father.
"Look well to it, sir my father, there is nothing more important than salvation. I wish that you never get careless or neglect."
"My son, you're right. I never neglect. See that you have much courage and get filled with strength at this hour and die joyfully, for you die in the service of God. We will be happy to watch you're going to die. Both I and your mother are also prepared to give up our lives to Christ for the love of Our Lord, if it is necessary."

2015年09月24日

殉教

このときディエゴ喜斎は65歳。殉教者の中で最年長でした。一方ヨハネ五島はキリシタンの両親の元に生まれた弱冠19歳の青年でした。

At that time, while James Kisai was 65 years old, and the oldest among martyrs, John Goto was only a 19-year-old blade, born from Christian parents.


殉教

ジュアン草庵とも言われる)が告白しました。この2人の告白が終わるとパシオ神父は彼らを正式にイエズス会に入会させました。

First, Paul Miki ,a friar, made a confession, and then James Kisai and John Goto ( also called Joan Soan) made confession. When these two finished their confession, Priest Pasio permitted them to be formal members of the Jesuit.

殉教

ほんのひととき浦上にある癩病院で休憩の時を持ちました。そこにはイエズス会のパシオ神父が待っていました。彼は3人のイエズス会士の告白を聞くために会いに来ていたのです。

On the way, they had a break for a while at the hospital for leprosy in Urakami, where Father Pasio, the Jesuit, was waiting. He was there to hear confession of three members of Jesuit.

最後の願い

人の殉教者たちが失ったものは何もありませんでした。彼らは西坂の丘で、イエス・キリストご自身にお会いするために勝利の凱旋をしたのです。